非上場企業でも役員が個人で訴えられるリスク
この記事のポイント
D&O保険は上場企業だけのものではありません。非上場の中小企業でも役員が個人で訴えられるリスクは存在します。共同経営者トラブルや事業承継時のリスクについて保険の専門家が解説します
「株主代表訴訟は上場企業の話でしょう」と考えている中小企業の経営者は少なくありません。しかし実際には、非上場企業でも役員が個人として訴えられるリスクは十分に存在します。
非上場の中小企業であっても、共同経営者間のトラブルや事業承継、従業員からの訴訟などで役員個人の責任が問われるケースが増えています
この記事では、D&O保険(会社役員賠償責任保険)の専門家への取材をもとに、非上場企業の役員が直面する賠償リスクの実態と、その備え方について解説します。

「上場企業だけの話」は大きな誤解
「株主代表訴訟」という言葉を聞くと、多くの中小企業経営者は「うちには関係ない」と感じるかもしれません。確かに、ニュースで報じられる株主代表訴訟の多くは上場企業のものです。
しかし、D&O保険の専門家によると、非上場の中小企業から役員の賠償リスクについて相談を受けるケースは増加傾向にあります。
アメリカでは役員個人を訴えることが当たり前ですが、日本ではこれまでほとんどありませんでした。しかし近年、日本でも役員個人への訴訟が増加傾向にあります。背景には、役員個人の責任を追及できるという情報が広まったことがあります。
非上場企業で役員が訴えられる3つのパターン
非上場企業で役員が個人として訴えられるケースには、大きく3つのパターンがあります。
1. 共同経営者からの訴訟
最も多いパターンの一つが、共同経営者間のトラブルです。たとえば、株式を70%と30%で持ち合っている共同創業者の間で経営方針の対立が起きた場合、少数株主である共同創業者が株主として代表取締役の責任を追及するケースがあります。
創業時は信頼関係で成り立っていた関係も、事業が拡大するにつれて方向性の違いが表面化することは珍しくありません。こうした場面で「あの経営判断は不適切だった」として役員個人の責任が問われるのです。共同創業者間のトラブルについては共同経営者トラブルで役員個人が責任を問われるケースで詳しく解説しています。
2. 事業承継に伴うトラブル
事業承継のタイミングも、役員個人への訴訟リスクが高まる場面です。先代経営者の時代に行われた経営判断について、後継者や他の株主から責任を追及されるケースがあります。
事業承継では株式の移動が伴うため、それまで表面化していなかった経営判断への不満が一気に噴き出すことがあります。
3. 従業員や債権者からの訴訟
従業員からのハラスメント訴訟も増加しています。管理職のハラスメントを認識していたのに適切に対処しなかった場合、役員個人が管理監督責任を問われるケースがあります。
また、取引先が倒産して債権回収ができなくなった場合に、取引判断の甘さを理由に役員個人が訴えられることもあります。実際に訴えられた場合の具体的な対応については役員が個人で訴えられた実例と対策をご覧ください。

オーナー企業で株式を全部自分が持っていれば、株主代表訴訟のリスクはないのですか?
日本で役員への訴訟が増えている背景
日本ではこれまで、訴訟文化はアメリカほど根付いていませんでした。企業間のトラブルは会社対会社で解決するのが一般的で、役員個人を訴えるという発想自体があまりなかったのです。
しかし近年、状況は大きく変わっています。
- 役員個人も訴えられるという情報がインターネット上で広く共有されるようになった
- 弁護士が役員個人への訴訟を積極的に提案するケースが増えた
- 退職代行サービスの普及で、退職した従業員が弁護士に相談しやすくなった
- コーポレートガバナンスへの意識が高まり、役員の責任が厳しく問われるようになった
特に退職代行の普及は大きな影響を与えています。従業員が退職代行に相談する中で、ハラスメントや未払い残業などの問題が明らかになり、弁護士を紹介されて訴訟に至るというケースが増えているのです。
役員個人が負う責任の重さ
役員は会社に対して「善管注意義務」を負っています。これは、善良な管理者の注意をもって職務を遂行する義務のことです。この義務に違反した場合、役員個人が損害賠償責任を負う可能性があります。
重要なのは、役員の責任は「無限責任」になりうるという点です。一般の従業員であれば、業務上のミスで個人が賠償責任を負うケースは限定的ですが、役員はその職務の性質上、大きな金額の賠償責任を負う可能性があります。
実際に訴えられた場合、弁護士費用だけでも数百万円から数千万円かかることがあり、賠償金は数千万円から数億円に上ることも珍しくありません。これは個人の資産で対応できるレベルを超えている場合がほとんどです。費用の詳細については役員が訴えられたときの弁護士費用と賠償額の相場で解説しています。
D&O保険で備えるべき理由
D&O保険(会社役員賠償責任保険)は、役員が個人として訴えられた場合の損害賠償金や弁護士費用を補償する保険です。
D&O保険の主な補償内容は以下の通りです。
| 補償項目 | 内容 |
|---|---|
| 損害賠償金 | 役員個人が負担する賠償金 |
| 争訟費用 | 弁護士費用、訴訟費用など |
| 会社補償 | 会社が役員に補償した費用 |
非上場の中小企業であれば、年間数十万円程度から加入できます。補償額は1億円から5億円が一般的です。
D&O保険がない場合のリスク
D&O保険に加入していない場合、以下のようなリスクがあります。
- 訴訟費用や賠償金をすべて個人の資産から支払う必要がある
- 優秀な人材が社外取締役への就任を断るケースがある
- 役員が訴訟リスクを恐れて攻めた経営判断ができなくなる
特に社外取締役については、D&O保険のない会社への就任を断る方が実際に増えています。社外取締役を招聘する予定がある企業にとっては、D&O保険への加入は実質的に必須と言えるでしょう。この問題についてはD&O保険なしの会社は社外取締役を断られる時代で詳しく取り上げています。

D&O保険に入っていれば、どんな訴訟でも補償されるのですか?
非上場企業の経営者が今すぐやるべきこと
役員の賠償リスクに備えるために、非上場企業の経営者がまず取り組むべきことは以下の3つです。
1. D&O保険の存在を知ること
そもそもD&O保険の存在を知らない経営者が非常に多いのが現実です。まずは「役員が個人で訴えられるリスクがある」という事実と、「そのリスクに備える保険がある」ということを認識することが第一歩です。
2. 意思決定プロセスを記録すること
万が一訴えられた場合に身を守る最も有効な手段は、経営判断に至るまでのプロセスを記録しておくことです。取締役会の議事録、専門家への相談記録、調査資料など、合理的な判断に基づいて意思決定したことを示せる証拠を残しておきましょう。
3. 専門家に相談すること
自社にどのようなリスクがあるのか、どの程度の補償が必要なのかは、企業ごとに異なります。保険の専門家に相談して、自社に合った備え方を検討することが大切です。経営者が身を守るための具体的な方法については中小企業の経営者が自分の身を守る方法も参考にしてください。
この記事のまとめ
- 非上場の中小企業でも、役員が個人で訴えられるリスクは確実に存在する
- 共同経営者トラブル、事業承継、従業員からの訴訟など、リスクのパターンは複数ある
- 日本でも役員個人への訴訟は増加傾向にあり、退職代行の普及も影響している
- D&O保険は非上場の中小企業でも年間数十万円程度から加入でき、数億円規模の賠償リスクに備えられる
非上場企業でもD&O保険は必要ですか?
必要です。非上場企業でも共同経営者からの訴訟、事業承継時の責任追及、従業員からのハラスメント訴訟など、役員個人が賠償責任を問われるケースは増えています。
D&O保険の保険料はどのくらいですか?
非上場の中小企業であれば年間数十万円程度から加入できます。補償額は1億円から5億円が一般的で、企業規模や業種によって異なります。
オーナー企業でも役員が訴えられることはありますか?
あります。株式を100%保有している場合でも、取引先の債権者や従業員から役員個人の責任を問われるケースが存在します。共同経営者がいる場合は株主代表訴訟のリスクがさらに高まります。
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