部下のハラスメントで役員が訴えられるケースとは
この記事のポイント
ハラスメントの加害者が部下であっても、管理監督責任を理由に経営者や役員が個人で訴えられるケースが増えています。どのような場合に役員個人の責任が問われるのか、具体的なパターンと対策を解説します
ハラスメントの加害者が部下や部門長であっても、経営者や役員が管理監督責任を理由に個人で訴えられるケースが増えています。「自分はハラスメントをしていないのに、なぜ訴えられるのか」と疑問に思う経営者もいますが、問題を放置した責任は重く見られます。

ハラスメントの加害者は部下でも役員が訴えられる理由
パワハラやセクハラの加害者が部門長や一般社員であっても、経営者や役員が個人として訴えられるケースが増えています。その理由は「管理監督責任」にあります。
会社の経営者や役員は、組織全体の労働環境を適切に管理する義務を負っています。ハラスメントの問題を認識していたにもかかわらず放置した場合、その管理義務の不履行が訴訟の根拠となります。
D&O保険の専門家によると、役員個人に賠償請求されるパターンとして以下の3つが典型的です。ハラスメント関連のD&O保険相談が急増している背景についてはハラスメント相談でD&O保険の問い合わせが急増中で解説しています。
- 問題を認識していたにもかかわらず放置していた
- 従業員からの通報があったにもかかわらず対応しなかった
- ハラスメントが発生した後に再発防止策を取らなかった
いずれも「ハラスメント行為そのもの」ではなく、「管理者としての対応の不備」が責任の根拠になっています。
末端社員のハラスメントでも経営者の責任が問われる
「大きな組織で末端の社員がやったことまで責任を取れるのか」という疑問を持つ経営者は少なくありません。しかし実際の訴訟では、組織の規模に関係なく管理監督責任が問われます。ハラスメント対策を怠った場合に経営者に降りかかるリスクについてはハラスメント対策を怠ると経営者に降りかかるリスクで詳しく解説しています。
末端社員がハラスメントをしていたことが上に報告され、経営層が認識していたにもかかわらず対応をしっかり取らなかった場合、役員個人にも責任が生じます。「知らなかった」ということ自体が、管理体制の不備として問題視される場合もあります。
従業員が30人程度の規模の会社でも、ハラスメント問題が発生するケースは珍しくありません。企業の規模が大きくなるほどリスクは高まる傾向にありますが、社長の目が完全に届かない範囲がある時点で、多くの会社にリスクが存在すると考えられます。

従業員数が少ない会社でもハラスメント訴訟のリスクはありますか?
従業員が30人程度の会社でもハラスメント問題が発生するケースは珍しくありません。社長が全従業員を直接管理している数人規模の会社でなければ、一定のリスクがあると考えておくことが望ましいです。企業規模が大きくなるほどリスクは高まります。
会社と役員個人への二重訴訟という現実
ハラスメント訴訟では、会社に対する訴訟と役員個人に対する訴訟が同時に行われることがあります。会社には会社の資産を狙って訴訟を起こし、役員個人には個人の資産を狙って訴訟を起こすという二重の訴訟が、今は普通に起こっています。
被害を受けた従業員にとっては、会社と加害者個人だけでなく、管理監督責任を怠った役員も訴訟の対象にすることで、より多くの賠償金を得られる可能性が高まります。弁護士のアドバイスにより、この二重訴訟のアプローチが選択されるケースが増えています。
セクハラ訴訟の場合、賠償額は数百万円規模になることが一般的です。会社にとっては事業に大きな影響を及ぼさない金額かもしれませんが、役員個人にとっては無視できない負担です。弁護士費用の補償については役員が訴えられたときの弁護士費用と賠償額の相場も参考になります。
退職代行から訴訟へ発展するケース
近年のハラスメント訴訟増加の背景には、退職代行サービスの存在があります。
従業員が退職代行に相談する際に「ハラスメントがあった」「未払い残業がある」といった問題を伝えると、弁護士を紹介されて「会社と役員を訴えましょう」という流れになることがあります。退職代行サービスそのものが斡旋するかどうかに関わらず、従業員に対してこうした法的手段の知識が広まっていることが影響しています。
この流れは経営者にとって見落としがちなリスクです。「退職したい」という相談が、弁護士を介して訴訟に発展する可能性があることを認識しておく必要があります。
証拠管理が訴訟の勝敗を分ける
ハラスメント訴訟において、証拠の管理は極めて重要です。被害を受けた従業員がさまざまな証拠を提出する一方で、会社として何の証拠も管理していなかった場合、不利な立場に追い込まれます。
冤罪とまではいかなくても、証拠不足により不利な判決が出る可能性があるのです。逆に、会社として適切な対策を講じていたことを示す証拠があれば、訴訟で有利に働きます。
日頃から記録として残しておくべき情報には以下のようなものがあります。
- ハラスメント相談の対応記録
- 調査の経緯と結果の文書
- 再発防止策の内容と実施日
- ハラスメント研修の実施記録
- 社内規定の制定・改定の記録

訴えられた場合、どのような証拠が有利に働きますか?
会社として相談窓口を設置していた記録、通報に対して迅速に調査した経緯、再発防止策を実施した証拠、ハラスメント研修の実施記録などがあれば、管理監督責任を果たしていた証拠として有利に働きます。
加害者の処分と役員への影響
ハラスメント訴訟で賠償責任が認められた場合、加害者だけでなく役員にも影響が及びます。
加害者に対しては、会社として処分せざるを得ません。セクハラの場合、賠償責任が認められれば懲戒解雇に至るケースもあります。しかし影響はそれだけにとどまりません。加害者の上にいた役員も何かしらの処分を受けることになります。
役員の処分は、報酬の減額、役職の降格、場合によっては辞任を求められることもあります。訴訟の結果だけでなく、社内での信頼低下や取引先への影響など、経営者としてのキャリアに長期的なダメージを与える可能性があります。
ハラスメント問題は、金銭的な賠償だけでなく、組織全体に影響を及ぼす経営リスクとして認識すべきです。一つのハラスメント事案が、複数の人事異動や組織変更を引き起こし、事業の運営に支障をきたすこともあり得るのです。企業として整備すべき具体的なハラスメント対策についてはD&O保険だけでは不十分?企業が整備すべきハラスメント対策で解説しています。
D&O保険が補償するケースと補償対象外のケース
ハラスメント訴訟でD&O保険が適用されるのは、役員が管理監督責任を問われた場合です。弁護士費用と賠償金の両方がカバーされ、悪質な故意性が認められない限り補償対象となります。
しかし非常に重要な注意点として、役員本人がハラスメントの加害者である場合はD&O保険の補償対象外です。D&O保険で補償されるのは、部下がハラスメントを行い、それに対する管理監督責任を役員が問われるというパターンに限られます。補償範囲と限界の詳細についてはハラスメント訴訟でD&O保険はどこまで補償するかをご覧ください。
この区別は明確に理解しておく必要があります。D&O保険は役員の「管理者としての責任」を補償するものであり、役員自身の不法行為を補償するものではありません。
保険に加入しているからといって安心するのではなく、まず役員自身がハラスメントの加害者にならないこと、そして部下のハラスメントに対しては迅速かつ適切に対応することが求められます。保険はあくまで最後の経済的なセーフティネットであり、日頃からの予防策と組み合わせることで初めて有効に機能します。
この記事のまとめ
- 部下のハラスメントであっても、管理監督責任の不備を理由に役員個人が訴えられる
- 問題の放置、通報への不対応、再発防止策の未実施が訴訟の典型的な原因
- 会社と役員個人の両方に対する二重訴訟が一般化している
- D&O保険は管理監督責任を問われた場合に弁護士費用と賠償金をカバーするが、役員本人の加害行為は補償対象外
部下がハラスメントをした場合、なぜ役員が個人で訴えられるのですか?
ハラスメントの問題を認識していたにもかかわらず放置した、通報に対応しなかった、再発防止策を取らなかったなど、管理監督責任の不備を理由に役員個人が訴えられます。
末端社員のハラスメントでも経営者の責任になりますか?
はい。大きな組織であっても、ハラスメントの報告が上がってきたのに対応しなかった場合、経営者に管理監督責任が生じます。組織の規模に関係なくリスクはあります。
役員本人がハラスメントした場合、D&O保険は使えますか?
役員本人がハラスメントの加害者である場合、D&O保険は補償対象外です。D&O保険が適用されるのは、部下のハラスメントに対する管理監督責任を問われた場合に限られます。
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