ハラスメント訴訟でD&O保険はどこまで補償するか
この記事のポイント
ハラスメント訴訟でD&O保険は弁護士費用と賠償金をカバーしますが、役員本人のセクハラは補償対象外です。セクハラの賠償額は数百万円規模。D&O保険の補償範囲と限界を正確に理解するための解説記事です
ハラスメント訴訟でD&O保険(会社役員賠償責任保険)は弁護士費用と賠償金の両方をカバーします。ただし、役員本人がハラスメントの加害者である場合は補償対象外という重要な制限があります。補償される範囲と補償されない範囲を正確に理解しておくことが、適切なリスク管理の第一歩です。

D&O保険がハラスメント訴訟で補償する2つの費用
ハラスメント訴訟で役員が管理監督責任を問われた場合、D&O保険は大きく分けて2つの費用をカバーします。
1つ目は争訟費用です。弁護士費用、訴訟費用など、裁判に対応するために必要な費用が補償されます。ハラスメント訴訟は長期化するケースもあり、弁護士費用だけでも数百万円に達することがあります。
2つ目は損害賠償金です。裁判の結果、役員個人が支払うべき賠償金が確定した場合、D&O保険がその賠償金をカバーします。
D&O保険の専門家も「基本的には弁護士費用と賠償金のどちらもカバーされます」と説明しています。※補償範囲は保険会社・プラン・条件によって異なります。悪質な故意性が認められるような特殊なケースを除き、管理監督責任を問われた訴訟であれば包括的に補償されます。ハラスメント関連の相談が急増している背景についてはハラスメント相談でD&O保険の問い合わせが急増中で解説しています。
役員本人のハラスメントは補償対象外という重要な制限
D&O保険のハラスメント訴訟における補償範囲を理解する上で、最も重要なポイントがあります。それは、役員本人がハラスメントの加害者である場合は補償対象外であるという点です。
D&O保険で補償されるのは、部下や従業員がハラスメントを行い、それに対する管理監督責任を役員が問われるケースに限られます。つまり、D&O保険は「役員が管理者としての責任を果たさなかったこと」に対する補償であり、「役員自身の不法行為」に対する補償ではありません。
この区別は重要です。経営者や役員が自らパワハラやセクハラを行った場合、たとえD&O保険に加入していても、保険金は支払われません。管理監督責任で訴えられる具体的なケースについては部下のハラスメントで役員が訴えられるケースとはで詳しく解説しています。

役員本人がハラスメントをした場合、補償は一切受けられないのですか?
D&O保険では補償されません。役員本人のハラスメント行為に対しては、個人の責任として賠償金を支払うことになります。D&O保険で補償されるのは、部下のハラスメントに対する管理監督責任を問われた場合のみです。
セクハラ訴訟の賠償額は数百万円規模
ハラスメント訴訟の中でも、セクハラに関する賠償額の相場を知っておくことは重要です。
D&O保険の専門家によると、セクハラ訴訟の賠償額は数百万円程度が一般的です。この金額は会社にとっては事業を揺るがすほどではないかもしれませんが、役員個人にとっては大きな負担です。
さらに問題なのは、ハラスメント訴訟では会社と役員個人の両方に対して同時に訴訟が起こされるケースがあることです。会社には会社の資産を狙い、役員個人には個人の資産を狙って二重で訴訟を提起するケースも見られます。
つまり、役員個人として数百万円規模の賠償を求められる可能性があります。この金額はD&O保険に加入していれば補償対象となり得ますが、未加入であれば個人の資産から支払うことになる場合があります。※賠償額は個々の事案によって異なります。
悪質な故意性が認められた場合の補償除外
D&O保険の補償にはもう一つの制限があります。悪質な故意性が認められた場合は補償対象外になり得るという点です。
管理監督責任を問われた場合でも、ハラスメントを認識した上で意図的に隠蔽したり、加害者を庇護したりするなど、悪質な対応をとった場合は「故意」と判断される可能性があります。
ただし、通常の管理監督責任の範囲であれば、このような悪質な故意性が認められることはまれです。「問題に気づいたが対応が遅れた」「再発防止策が不十分だった」というレベルであれば、D&O保険の補償対象として認められるのが一般的です。
証拠管理が補償の実効性を高める
D&O保険に加入していても、訴訟で不利な判決が出れば賠償額が膨らむ可能性があります。補償の実効性を最大限に活かすためには、日頃からの証拠管理が欠かせません。
被害を受けた従業員がさまざまな証拠を提出する一方で、会社として何の証拠も管理していなかった場合、冤罪とまではいかなくても不利な立場になる可能性があります。
逆に、会社として適切な対策を講じていたことを示す記録があれば、訴訟自体を有利に進めることができ、結果的に賠償額を抑えることにもつながります。ハラスメント対策を怠った場合のリスクについてはハラスメント対策を怠ると経営者に降りかかるリスクもあわせてお読みください。
記録として残しておくべき主な項目は以下の通りです。
- ハラスメント相談窓口の設置日と運用記録
- 従業員からの相談内容と対応経緯
- 調査の実施日、調査方法、調査結果
- 再発防止策の策定日と実施状況
- ハラスメント研修の実施日、参加者名簿、研修内容

D&O保険に加入していれば証拠管理は不要ですか?
保険に加入していても証拠管理は必要です。証拠が不十分だと訴訟で不利になり、賠償額が膨らむ可能性があります。会社として適切な対策を講じていた証拠があれば、賠償請求自体を退けられるケースもあります。
ハラスメント訴訟の長期化と追加費用
ハラスメント訴訟は、解決までに長期間を要するケースが少なくありません。訴訟が長期化するほど、弁護士費用は増加し、経営者の精神的負担も大きくなります。
訴訟中は事実確認のための調査費用、証人の確保にかかる費用、和解交渉のための費用など、当初想定していなかった追加費用が発生することもあります。D&O保険は争訟費用として弁護士費用をカバーしますが、保険金額の上限を超える場合は自己負担が生じます。
また、訴訟中は経営者の時間と注意力が訴訟対応に割かれるため、本来の経営業務に支障が出る可能性もあります。この「見えないコスト」は、金銭的な賠償額以上に経営に影響を与えることがあります。
D&O保険の補償額をどの程度に設定するかは、企業の規模や従業員数、ハラスメントリスクの程度を考慮して決定する必要があります。保険の専門家に相談して、適切な補償額を検討することをおすすめします。弁護士費用の補償について詳しくは役員が訴えられたときの弁護士費用と賠償額の相場もご覧ください。

D&O保険の補償額はどの程度に設定すべきですか?
補償額は企業の規模や訴訟リスクの程度によって異なります。中小企業であれば年間数十万円程度の保険料で加入できるケースもあります。補償額の設定は保険の専門家に相談して、自社のリスクに応じた適切な金額を決めることが重要です。
D&O保険の補償範囲を正確に理解して備える
D&O保険のハラスメント訴訟における補償範囲を整理すると、以下のようになります。
補償されるケースは、部下や従業員がハラスメントを行い、それに対する管理監督責任を役員が問われた場合です。弁護士費用と賠償金の両方がカバーされます。
補償されないケースは、役員本人がハラスメントの加害者である場合と、悪質な故意性が認められた場合です。
この補償範囲を正確に理解した上でD&O保険に加入することが重要です。「保険に入っているから何でも補償される」という認識は正確ではなく、補償の限界を知った上で、保険以外の対策(相談窓口の設置、再発防止策の整備、研修の実施)と組み合わせてリスクを管理することが求められます。具体的な対策体制の整備方法についてはD&O保険だけでは不十分?企業が整備すべきハラスメント対策をご覧ください。
この記事のまとめ
- D&O保険はハラスメント訴訟で弁護士費用と賠償金の両方をカバーする
- 役員本人がハラスメントの加害者である場合は補償対象外
- セクハラ訴訟の賠償額は数百万円規模で、役員個人の資産から支払うリスクがある
- 保険加入に加えて、日頃からの証拠管理と予防策の整備が補償の実効性を高める
ハラスメント訴訟でD&O保険は弁護士費用も賠償金もカバーしますか?
はい。悪質な故意性が認められない限り、弁護士費用と賠償金のどちらもカバーされます。ただし役員本人がハラスメントの加害者である場合は補償対象外です。
役員本人がセクハラをした場合、D&O保険は使えますか?
使えません。D&O保険で補償されるのは、部下のハラスメントに対する管理監督責任を役員が問われた場合に限られます。役員自身の加害行為は補償対象外です。
セクハラ訴訟の賠償額はどの程度ですか?
セクハラ訴訟の賠償額は数百万円規模が一般的です。会社と役員個人の両方に対して訴訟が起こされることもあり、役員個人が負担する金額は決して小さくありません。
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