D&O保険だけでは不十分?企業が整備すべきハラスメント対策
この記事のポイント
D&O保険の補償だけではハラスメント訴訟のリスクは十分に軽減できません。相談窓口の設置、再発防止策の整備、迅速な調査体制など、企業として整備すべきハラスメント対策の具体的な内容を解説します
D&O保険に加入しているだけでは、ハラスメント訴訟のリスクを十分に軽減することはできません。保険は訴訟時の経済的な備えですが、ハラスメントの発生を防ぐものではないからです。企業として相談窓口の設置や再発防止策の整備を行うことが、訴訟リスクの軽減と従業員の保護の両面で不可欠です。

保険と対策は車の両輪
D&O保険はハラスメント訴訟で管理監督責任を問われた際に、弁護士費用と賠償金をカバーする役割を果たします。しかし保険だけに頼ることは、火災保険に入っているからといって防火対策をしないのに似ています。
D&O保険の専門家も、保険以外の対策として「事前準備をしっかりしておくことが大事」と強調しています。保険は万が一の備えであり、ハラスメントが起きにくい環境を整えることと、起きた場合に迅速に対応できる体制を構築することが、経営者としての最も重要な責任です。ハラスメント関連の相談が急増している背景についてはハラスメント相談でD&O保険の問い合わせが急増中で解説しています。
企業として対策を講じていたことを示す記録があれば、訴訟時に管理監督責任を果たしていた証拠として活用できます。つまり対策は、ハラスメントの予防と訴訟の防御の両方に機能するのです。
相談窓口の設置が最初のステップ
ハラスメント対策の基本中の基本は、相談できる環境を整えておくことです。D&O保険の専門家も「相談窓口を設置する」ことを最初に挙げています。
相談窓口は、従業員がハラスメントの被害を受けた際に安心して報告できる場所です。窓口が存在しない場合、被害者は社内での解決を諦め、直接外部の弁護士に相談して訴訟に至るリスクが高まります。
相談窓口を設置する際のポイントは以下の通りです。
- 相談窓口の存在を全従業員に周知する
- 相談者のプライバシーが保護される仕組みを作る
- 相談したことによる不利益な取り扱いを禁止する規定を明記する
- 社内の担当者だけでなく外部の相談先も用意する
- 相談内容と対応経緯を記録として残す
特に重要なのは、相談内容と対応経緯を記録として残すことです。この記録は、訴訟時に「会社として適切に対応していた」ことを示す証拠になります。

相談窓口を設置しても、誰も相談に来なければ意味がないのでは?
相談に来ないことが即座に「問題がない」ことを意味するわけではありません。相談しにくい雰囲気がある可能性もあります。定期的なアンケートの実施や匿名での相談手段の確保など、相談のハードルを下げる工夫が必要です。窓口の存在自体が訴訟時の防御材料にもなります。
迅速な調査体制の構築
相談窓口を設置したら、次に必要なのは報告が上がった時に迅速に調査できる体制です。
ハラスメントの通報を受けたにもかかわらず対応しなかったことが、役員個人の管理監督責任を問われる典型的なパターンです。通報があったのに1ヶ月放置して、その間に状況が悪化して訴訟に至るといったケースも報告されています。
調査体制で重要なのは以下の3点です。
- 通報を受けてから調査開始までの期限を定めること
- 調査の手順を文書化しておくこと
- 調査結果に基づいて対処方針を決定するフローを明確にすること
調査は客観性が求められます。加害者とされる人物に近い立場の人が調査を担当すると、公正性を疑われるリスクがあります。小規模な企業では外部の専門家に調査を依頼することも選択肢の一つです。管理監督責任で役員個人が訴えられるパターンについては部下のハラスメントで役員が訴えられるケースとはで詳しく紹介しています。
再発防止策の策定と実施
ハラスメントが発生した場合、再発防止策をしっかりと策定し実施することが求められます。D&O保険の専門家も「怒ってしまった時に再発防止策をしっかり会社として用意する」ことをやるべき対策として挙げています。
再発防止策を取らなかったことが、役員の管理監督責任を問われる理由の一つになります。一度ハラスメントが発生した後に何の手も打たず、同様の問題が再発した場合、役員の責任はさらに重くなります。
再発防止策の具体例としては以下のようなものがあります。
- 加害者への適切な処分と指導
- 関連部署への注意喚起と教育
- 社内規定の見直しと強化
- 管理職向け研修の追加実施
- 職場環境の改善措置
再発防止策を策定したら、その内容と実施日を記録として残すことが重要です。「対策を取った」という事実を証拠として示せることが、訴訟時の防御力を高めます。ハラスメント対策を怠った場合に経営者が直面するリスクについてはハラスメント対策を怠ると経営者に降りかかるリスクで解説しています。

再発防止策を取ることで訴訟リスクはどの程度軽減されますか?
D&O保険の専門家によると、相談窓口の設置や再発防止策の整備といった対策を講じていれば、訴訟リスクは大きく軽減できます。さらに訴えられた場合でも、「会社としてこういう対策をやっていました」と示すことで、賠償請求が認められないケースもあります。
社内規定の整備とハラスメント研修
ハラスメント対策を形骸化させないためには、社内規定として明文化し、定期的な研修で従業員の意識を維持することが必要です。
社内規定に含めるべき項目は以下の通りです。
- ハラスメントの定義と具体例
- 禁止行為の明確化
- 相談窓口の案内と利用方法
- 調査手順と処分の基準
- 相談者・協力者への不利益取り扱い禁止
ハラスメント研修は、管理職向けと一般従業員向けを分けて実施するのが効果的です。管理職は相談を受けた際の対応方法やエスカレーションの手順を学ぶ必要があり、一般従業員は何がハラスメントに該当するかの認識を正しく持つ必要があります。
研修の実施記録(実施日、参加者名簿、研修内容)は、会社としてハラスメント対策を実施していたことの証拠として、訴訟時に活用できます。
外部専門家の活用
ハラスメント対策を社内だけで完結させることは、特に中小企業にとって難しい課題です。専任の人事部門がない企業や、コンプライアンス部門の体制が十分でない企業では、外部の専門家を活用することが現実的な選択肢となります。
外部の専門家を活用する場面としては以下のようなものがあります。
- ハラスメント相談窓口を外部に委託する
- ハラスメント研修の講師を外部から招く
- 通報があった際の調査を第三者機関に依頼する
- 社内規定の策定や見直しについて弁護士に相談する
特に相談窓口の外部委託は有効な手段です。社内の窓口だけでは「相談したことが上司に知られるのではないか」という不安から相談をためらう従業員もいます。外部の相談窓口を設けることで、より安心して相談できる環境を整えることができます。
また、D&O保険の保険会社によっては、ハラスメント対策に関するコンサルティングや研修プログラムを付帯サービスとして提供しているケースもあります。保険加入時に付帯サービスの内容を確認し、活用できるものは積極的に活用することをおすすめします。D&O保険で経営者を守る仕組みの全体像については中小企業の経営者が自分の身を守る方法もあわせてお読みください。
対策の全体像を整理する
ハラスメント対策は、保険による備えと企業としての予防策を組み合わせることで、最大の効果を発揮します。全体像を整理すると以下のようになります。
| 対策の種類 | 具体的な内容 | 効果 |
|---|---|---|
| 予防策 | 相談窓口設置、研修実施、社内規定整備 | ハラスメント発生の抑止 |
| 対応策 | 迅速な調査体制、再発防止策の実施 | 訴訟リスクの軽減 |
| 経済的備え | D&O保険への加入 | 弁護士費用・賠償金のカバー |
予防策と対応策は、ハラスメントの発生を防ぎ、発生した場合の訴訟リスクを軽減する役割を果たします。D&O保険は、それでも訴訟になった場合の経済的なリスクをカバーします。
いずれか一つだけでは十分とは言えず、3つの要素を組み合わせることが望ましいです。D&O保険のハラスメント訴訟における補償範囲の詳細はハラスメント訴訟でD&O保険はどこまで補償するかをご覧ください。
この記事のまとめ
- D&O保険だけではハラスメント訴訟リスクは十分に軽減できない
- 相談窓口の設置、迅速な調査体制、再発防止策の整備が企業として不可欠
- 対策を講じていた証拠があれば、訴訟時の防御材料として活用できる
- 予防策、対応策、D&O保険の3つを組み合わせた総合的なリスク管理が重要
D&O保険に加入していればハラスメント対策は不要ですか?
不要ではありません。D&O保険は訴訟時の経済的リスクをカバーしますが、ハラスメントの発生を防ぐものではありません。相談窓口の設置や再発防止策の整備など、企業としての対策が不可欠です。
ハラスメント対策として最低限やるべきことは何ですか?
最低限やるべきことは3つです。相談できる環境の整備(相談窓口の設置)、報告が上がった時に迅速に調査できる体制の構築、ハラスメントが起きた後の再発防止策の策定と実施です。
ハラスメント対策は訴訟の防御にもなりますか?
はい。適切な対策を実施していた証拠があれば、訴訟時に管理監督責任を果たしていたことを主張でき、賠償請求が認められないケースもあります。対策は予防と防御の両面で機能します。
関連記事
「うちは大丈夫」が一番危険。ハラスメント訴訟の現実
ハラスメント訴訟は起きないと思っている経営者こそ危険です。退職代行の増加や弁護士紹介ニーズの高まりで訴訟リスクはどの企業にもあります。従業員30人規模でもハラスメントは起きており、D&O保険での備えが重要です
ハラスメント訴訟でD&O保険はどこまで補償するか
ハラスメント訴訟でD&O保険は弁護士費用と賠償金をカバーしますが、役員本人のセクハラは補償対象外です。セクハラの賠償額は数百万円規模。D&O保険の補償範囲と限界を正確に理解するための解説記事です
部下のハラスメントで役員が訴えられるケースとは
ハラスメントの加害者が部下であっても、管理監督責任を理由に経営者や役員が個人で訴えられるケースが増えています。どのような場合に役員個人の責任が問われるのか、具体的なパターンと対策を解説します

