目論見書や開示書類で役員が訴えられるケース
この記事のポイント
有価証券届出書や目論見書の記載内容で役員が個人責任を問われるケースを解説します。マイナスの情報を開示しないことが最大のリスクであり、正直な開示と記録の保存が訴訟リスクの軽減につながります
有価証券届出書や目論見書の記載内容をめぐって、役員が個人責任を問われるケースがあります。特にIPO前後の開示書類は訴訟リスクが高い領域です。
会社にとってマイナスなことを正直に開示するということが一番大事です。この記事では、D&O保険の専門家への取材をもとに、目論見書や開示書類に関連して役員が訴えられるケースと、そのリスクを軽減する方法を解説します。

開示書類で訴えられるのはどんなケースか
上場企業の役員が開示書類に関連して訴えられるケースは、大きく分けて以下のパターンがあります。
- 有価証券届出書の記載に虚偽や重大な欠落があった場合
- 目論見書に記載された業績予想と実績の大きな乖離があった場合
- リスク情報を認識していたのに開示しなかった場合
いずれも、投資家が「正しい情報が開示されていれば投資しなかった」と主張できる状況が訴訟の根拠となります。上場前後で役員のリスクがどう変化するかについては上場前後で変わる役員の個人責任リスクで解説しています。
マイナスの情報を隠すことが最大のリスク
開示書類に関する訴訟で最も問題になるのは、会社にとってマイナスの情報を意図的に隠す、あるいは軽視して記載しないケースです。

マイナスの情報とは、具体的にどのようなものですか?
具体的には、以下のような情報が「マイナスの情報」に該当します。
- 主要取引先との関係悪化や取引終了のリスク
- 業績見通しに影響を与える重大なリスク要因
- 規制変更や法的リスクの存在
- 主力製品やサービスの競争力低下
例えば、大手取引先との取引が危うい状況を認識しているにもかかわらず、それを開示しないまま上場したとします。投資家はその取引先との関係を前提に投資判断をしているため、取引の終了や縮小で損害を受けた場合、「認識していたのに開示しなかった」として役員の個人責任を追及できる可能性があります。
業績予想と実績の乖離が問題になるケース
IPO前後で特に注意すべきなのが、業績予想と実績の乖離です。

業績予想が外れただけで訴えられることがあるのですか?
業績予想の未達そのものが直ちに訴訟に発展するわけではありません。問題になるのは、その予想に至る判断プロセスに大きな不備があった場合です。
具体的には、以下のようなケースが問題視されます。
- 十分な市場調査やデータ分析をせずに楽観的な業績予想を立てた
- 既知のリスク要因を反映せずに予想を公表した
- 社内で問題が認識されていたにもかかわらず修正しなかった
- 合理的な根拠のない数字を業績予想として使用した
社外取締役がD&O保険の補償内容で確認すべきポイントについては社外取締役が確認すべきD&O保険の5つのポイントもあわせてお読みください。
IPO前に「大きく見せる」ことの危険性
IPOを成功させたいという気持ちから、IPO前に会社の価値を大きく見せようとする誘惑があります。しかし、これはリスクの高い行為です。
上場時に示した企業価値と実態との間に大きなギャップがある場合、投資家は「騙された」と感じます。そして、そのギャップが意図的なものであったり、知っていたのに修正しなかったことが明らかになれば、役員個人に賠償請求がなされる可能性があります。
開示書類の作成で注意すべき3つのポイント
開示書類に関する訴訟リスクを軽減するためには、以下の3つのポイントを意識してください。
ポイント1. マイナスの情報こそ慎重に取り扱う
会社にとってマイナスの情報を開示するのは心理的に抵抗があります。「確定していない」「開示したくない」という気持ちは当然です。
しかし、リスクを避けるという意味では、マイナスの情報を開示しておくことがベターです。開示しなかった場合のリスクのほうが、開示した場合のデメリットよりもはるかに大きいからです。
ポイント2. 業績予想には合理的な根拠を持たせる
業績予想を公表する際は、その予想に至った根拠を明確にし、記録として残しておくことが重要です。市場調査データ、顧客動向の分析、専門家の見解など、合理的な判断材料に基づいた予想であることを示せるようにしましょう。
ポイント3. 開示プロセスを記録として保存する
開示書類の作成から公表に至るまでのプロセスを記録として保存しておくことが、万が一訴えられた場合の最大の防御手段になります。
開示リスクに備えるD&O保険の役割
開示書類に関する訴訟リスクに備えるために、D&O保険は重要な役割を果たします。
D&O保険で補償される内容は主に以下の2つです。
- 損害賠償金(役員個人が負担する賠償金)
- 争訟費用(弁護士費用、訴訟費用)
正しい開示の実践と意思決定プロセスの記録は訴訟リスクの軽減に効果的ですが、それだけで訴訟リスクを完全に排除することは難しいと考えられます。万が一の経済的リスクに備えるために、D&O保険への加入を検討することが重要です。補償額の具体的な決め方についてはIPO企業のD&O保険の補償額と範囲の決め方をご覧ください。
開示の姿勢が企業の信頼を守る
開示書類の訴訟リスクを考える上で、最も重要なことは「正直な開示の姿勢」です。
マイナスの情報を含めて正直に開示する企業は、短期的には株価に影響があるかもしれません。しかし長期的には、投資家からの信頼を獲得し、訴訟リスクの軽減につながると考えられます。
一方、情報を隠したり過大に見せたりする企業は、一時的には良い評価を得られるかもしれませんが、実態とのギャップが明らかになった時に大きな代償を払うことになります。IPO準備段階からのD&O保険検討についてはIPO準備企業のD&O保険相談が増加する理由で詳しく解説しています。
専門家の力を借りることの重要性
開示書類の作成は、法務や会計の専門家の力を借りて慎重に行うべきです。特にIPO準備企業は、開示実務の経験が乏しいことが多いため、外部の専門家のサポートを受けることが訴訟リスクの軽減につながります。
同時に、D&O保険の専門家にも相談し、開示リスクに対応した補償設計を行うことが重要です。開示書類のリスクとD&O保険の補償を合わせて検討することで、より効果的なリスク管理が可能になります。IPO準備中のリスク管理の全体像についてはIPO準備中の役員が今やるべきリスク管理も参考にしてください。
この記事のまとめ
- 有価証券届出書や目論見書の記載内容で役員が個人責任を問われるケースがあり、特にマイナスの情報を隠すことが最大のリスクになる
- 業績予想の未達自体は問題ではないが、判断プロセスに不備があった場合は賠償請求につながる
- IPO前に会社を大きく見せようとして実態と乖離があると、投資家からの訴訟の種になる
- 正直な開示、合理的な根拠に基づく業績予想、開示プロセスの記録保存が訴訟リスクを軽減する
目論見書の記載で訴えられることは実際にありますか?
はい、投資家に相当な損害が出た場合、訴訟に発展するケースはあります。特に会社にとってマイナスの情報を隠して上場した場合に問題になります。
開示資料のどのような点が訴訟の種になりますか?
会社にとってマイナスの情報、例えば主要取引先との関係悪化や業績見通しのリスク要因を認識していたのに開示しなかった場合が特に問題になります。投資家がその情報を知っていれば投資しなかったと主張できるからです。
業績予想が外れただけで訴えられますか?
業績予想の未達自体で直ちに賠償責任が生じるわけではありません。しかし、判断プロセスに大きな不備があった場合、つまり情報収集や正確な予測ができていないまま上場した場合は、責任を問われる可能性があります。
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