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善管注意義務違反の境界線を専門家が解説

この記事のポイント

善管注意義務違反と経営判断の境界線について、D&O保険の専門家が解説します。明確な線引きは存在しませんが、合理的な判断プロセスと記録の保存が役員個人を守る鍵になります

善管注意義務違反と判断される経営判断に、明確な線引きは存在しません。しかし「明確な線引きがない」ことこそが、多くの経営者にとってリスクとなり得ます。

善管注意義務違反の境界線を解説するイメージ

本記事は一般的な情報提供を目的としており、特定の保険商品の推奨・勧誘を目的とするものではありません。保険商品の詳細は各保険会社の約款や重要事項説明書をご確認ください。補償内容や保険料は保険会社・プラン・条件により異なります。

善管注意義務とは何か

善管注意義務(善良な管理者としての注意義務)とは、会社法が取締役に課している義務です。取締役は会社との委任関係にあり、善良な管理者として注意を払って職務を遂行する義務を負っています。

この義務は、取締役だけでなく監査役や執行役員など、すべての会社役員に課されます。社外取締役として名前を連ねているだけであっても、就任した以上は同じ義務を負います。

善管注意義務に違反した場合、取締役は会社に対して損害賠償責任を負います。さらに株主代表訴訟によって、株主から直接訴えられる可能性もあります。非上場の中小企業であっても、共同経営者が株主として訴訟を起こすケースは実際に存在しています。経営判断で訴えられる頻度や傾向については経営判断の失敗で役員が訴えられる頻度と実態で詳しく解説しています。

多くの経営者がこの義務の具体的な内容を正確に理解しているとは言えないのが現実です。「どこからが違反なのか」「具体的なラインはどこなのか」という疑問を持つ方が多く、D&O保険の専門家にもこうした相談が寄せられています。

マネサロくん
マネサロくん

善管注意義務違反って、具体的にどこからがアウトなのですか?

この問いに対する答えは、「明確な線引きは存在しない」というものです。しかし、だからこそ経営者はこのリスクを認識し、適切な対策を講じておくことが望ましいと言えます。具体的な基準がないということは、思いがけず訴えられるリスクがあるということでもあります。

明確な線引きは存在しない

D&O保険の専門家によると、善管注意義務違反には「これはダメでこれはいい」という明確な基準は設けられていません。

平

善管注意義務違反の線引きについて、明確な線引き、これはダメでこれはいいというものは一切ないです。あくまでもその時の判断が合理的だったかを、記録を見て判断するというところです。

つまり、善管注意義務違反かどうかは、個々の事案ごとに以下の要素を総合的に判断して決められます。

  • 判断の時点で入手可能な情報を適切に収集していたか
  • その情報に基づいて合理的な判断プロセスを経ていたか
  • 判断の根拠が記録として残っているか
  • 専門家の助言を適切に求めていたか
  • 取締役会や経営陣での議論を経ていたか
  • 判断の内容が著しく不合理ではなかったか

結果的に損害が出たかどうかだけでなく、判断のプロセス全体が評価の対象になるのです。ここが多くの経営者にとって理解しにくいポイントですが、非常に重要なポイントでもあります。

例えば、十分な調査と検討を重ねた上で新規事業に投資し、結果的に失敗して大きな損失が出た場合でも、プロセスが合理的であれば善管注意義務違反とは判断されにくいです。一方、大した調査もせずに「なんとなく良さそうだ」という理由で多額の投資を行い、損失が発生した場合は、たとえ損失額が小さくても義務違反を問われる可能性があります。

経営判断の原則とは

善管注意義務と密接に関連する概念として「経営判断の原則(ビジネス・ジャッジメント・ルール)」があります。これは、経営判断が結果的に失敗したとしても、判断時点で合理的なプロセスを経ていれば、取締役の責任を問わないという考え方です。

この原則が認められるためには、一般的に以下の条件を満たす必要があります。

  • 判断の前提となる事実の認識に重要かつ不注意な誤りがないこと
  • 判断の過程が合理的であること
  • 判断の内容が著しく不合理でないこと
平

合理的な判断であれば、損害を出しても責任を問われるわけではありません。万が一のためにD&O保険にも入っておくことで、攻めの判断もできるようになるのかなと思います。

重要なのは、経営判断の原則は「結果」ではなく「プロセス」を評価するという点です。どんなに慎重に判断しても、経営には失敗がつきものです。市場環境の急変、予期しなかった競合の参入、自然災害など、どれだけ準備しても避けられないリスクは存在します。しかし、合理的なプロセスを経ていれば、その失敗について個人的な賠償責任を問われる可能性は大幅に低くなります。

経営判断の原則は、経営者を萎縮させないための制度とも言えます。経営者がリスクを恐れて判断を避けるようになれば、会社の成長は止まります。合理的なプロセスさえ踏んでいれば結果責任は問わないという原則があることで、経営者は積極的な判断に踏み切ることができるのです。

義務違反と判断されやすいケース

明確な線引きはないとはいえ、善管注意義務違反と判断されやすいパターンは存在します。D&O保険の専門家が指摘するケースを具体的に解説します。

十分な事前調査を行わなかったケース

大きな投資判断やM&Aの決定にあたって、対象企業の財務状況や事業リスクの調査が不十分だった場合です。「下調べをしっかりしていなかった」「専門家の意見を取り入れていなかった」という点が訴訟の根拠になります。

平

明らかにリスクの高いところに、ちゃんとした検証をせずに取引を実行したとか、専門家の助言を求めなかったとか、そういったことがないように、あくまで合理的な判断のもとにやっています、ということを記録してください。

例えば、買収対象企業の財務諸表を精査せずにM&Aを実行した場合、買収後に隠れた負債が発覚して大きな損失が出れば、「十分なデューデリジェンスを行わなかった」として義務違反を指摘される可能性が高くなります。M&Aの失敗を含む具体的な請求事例はD&O保険の経営判断に関する請求事例と対策で紹介しています。

投資判断においても同様です。リスクの高い投資先に、市場調査やリスク評価を行わずに多額の資金を投入した場合、「合理的な検証なしに投資を実行した」として追及されるリスクがあります。

問題を認識していたのに対処しなかったケース

経営上のリスクを認識していたにもかかわらず、必要な対応を取らなかった場合です。このケースは善管注意義務違反が認められやすい類型の一つです。

  • 取引先の経営状態の悪化を知っていたのに取引を継続した場合
  • 社内のハラスメント問題を認識していたのに放置した場合
  • コンプライアンス上の問題を知っていたのに是正措置を取らなかった場合
  • 製品やサービスの安全上の問題を把握していたのに対策を講じなかった場合

D&O保険の専門家によると、実際に最も多い請求事例はハラスメントの管理監督責任に関するものです。管理職のハラスメントを認識していたのに対処しなかった、従業員からの通報があったにもかかわらず対応しなかった、再発防止策を取らなかったなどのケースで役員個人の責任が問われています。

「認識していたのに対処しなかった」という事実は、裁判において非常に不利な証拠になります。問題を認識した時点で何らかの対応を取り、その対応の記録を残しておくことが重要です。

情報を隠蔽したケース

特にIPO前後の企業において、会社にとってマイナスとなる情報を開示せずに投資家に損害を与えた場合は、善管注意義務違反が認められやすくなります。

平

会社にとってマイナスなことを正直に書くということが一番大事で、問題があるということをしっかり開示する、これが一番大事です。会社にとってプラスになることが隠されていても、投資家に損害はありません。しかし、マイナスの情報を隠した場合は訴訟の原因になります。

例えば、主要取引先との関係が悪化していることを認識しているのに、IPOの際にその情報を開示しなかった場合、上場後にその取引先を失って株価が下落すれば、投資家から訴えられるリスクがあります。D&O保険の専門家は、リスクを認識していたのに修正しなかったとか、合理的な判断ではないということが認められると賠償請求が認められるパターンがあると指摘しています。

義務違反と判断されにくいケース

一方で、善管注意義務違反と判断されにくいケースもあります。以下のような条件を満たしていれば、たとえ結果的に損害が発生しても、役員個人の責任は問われにくくなります。

合理的な調査と検討を経た判断

判断の前に十分な事前調査を行い、専門家の助言を求め、取締役会で議論を尽くした上で決定した場合です。たとえ結果的に損害が発生しても、プロセスが合理的であれば責任を問われる可能性は低くなります。

具体的には、以下のような手順を踏んでいれば、経営判断の原則が適用され、義務違反と判断されるリスクの軽減につながります。

  • 判断に必要な情報を幅広く収集した
  • 収集した情報を分析し、リスクとリターンを評価した
  • 必要に応じて弁護士や会計士などの外部専門家に相談した
  • 取締役会で議論を行い、反対意見も含めて検討した
  • 判断の内容が著しく不合理ではなかった

記録が適切に保存されているケース

意思決定のプロセスが議事録や資料として残っている場合、後からその判断の合理性を証明することができます。これは訴訟において最も強力な防御手段となります。

平

最終的に言った言わないの話になると、どうしても不利な状況になります。経営判断に至るまでにどういった議論がなされたのか、専門家は関わっていたのか、議事録はあるのか。こういった記録が後々、役員個人を守るカードになります。

記録がなければ、どれだけ合理的なプロセスを踏んでいたとしても、それを裁判で証明することが困難になります。「記録を残す」という行為自体が、リスク管理の最も基本的かつ重要な要素です。記録の具体的な残し方については経営判断で責任を問われないための意思決定プロセスで詳しく解説しています。

マネサロくん
マネサロくん

記録を残していれば、絶対に訴えられないのですか?

残念ながら「絶対に訴えられない」とは言い切れません。記録を残していても、訴訟を起こされること自体は防げません。しかし、合理的なプロセスの記録があれば、裁判において有利な立場に立てる可能性が高くなります。そして、訴訟に備えてD&O保険に加入しておけば、弁護士費用や万が一の賠償金についても経済的な負担を軽減できます。プロセスの記録とD&O保険は、車の両輪のように組み合わせて活用することが大切です。

善管注意義務違反を問われないための5つの実践

善管注意義務違反のリスクを最小限に抑えるために、日常の経営で実践すべきことを5つに整理します。これらは特別なことではなく、良い経営判断の実践そのものです。

1. 重要な判断の前に十分な情報収集を行う

経営判断の前に、関連する情報を幅広く収集しましょう。市場調査、競合分析、財務分析、法的リスクの検討など、判断に必要な情報を可能な限り集めることが第一歩です。

情報収集の深さは、判断の重要度やリスクの大きさに比例させるべきです。数百万円の投資判断と数億円のM&Aでは、求められる調査の範囲と深さが異なります。

2. 専門家の助言を求める

弁護士、会計士、税理士、コンサルタントなど、判断に関連する分野の専門家に相談しましょう。専門家に相談した事実とその助言内容が記録に残っていれば、合理的なプロセスを経たことの強力な証拠になります。

専門家への相談は費用がかかりますが、訴訟リスクの軽減効果を考えれば合理的な投資です。数十万円の相談費用で数億円の訴訟リスクを回避できる可能性があることを考えれば、費用対効果は非常に高いと言えます。

3. 取締役会で十分な議論を行う

重要な経営判断は取締役会で議論し、複数の視点からリスクと利益を検討しましょう。一人の独断で決めるのではなく、集団的な意思決定プロセスを経ることが大切です。

反対意見が出ることを歓迎し、その反対意見に対して十分な検討を行った上で決定に至ったという事実は、意思決定の合理性を示す有力な証拠になります。「全員一致で異論なし」よりも、「反対意見を検討した上で決定した」という記録のほうが、プロセスの合理性を示す上では効果的です。

4. すべてのプロセスを記録に残す

取締役会の議事録、専門家への相談記録、調査資料、検討の過程を示す文書など、意思決定に関連するすべての記録を保存しましょう。

記録の保存は個人の努力に頼るのではなく、社内の仕組みとして制度化しましょう。一定の金額を超える判断には所定のフォーマットで記録を作成するルールを設けることで、漏れなく記録を残すことができます。

5. D&O保険に加入する

どれだけ慎重にプロセスを踏んでも、訴訟リスクをゼロにすることはできません。万が一の場合に備えて、D&O保険への加入を検討しましょう。D&O保険は一般的に善管注意義務違反による損害賠償請求を補償対象としており、損害賠償金と弁護士費用が補償される場合が多いです。※補償範囲は保険会社・プラン・条件によって異なります。

善管注意義務と経営判断は対立しない

善管注意義務のリスクを知ると、「攻めた経営判断ができなくなるのではないか」と不安になる方もいるかもしれません。しかし、善管注意義務と積極的な経営判断は本来対立するものではありません。攻めの経営判断とリスク管理の両立については攻めの経営判断と個人リスクを両立させる方法をご覧ください。

善管注意義務が求めているのは、「失敗しないこと」ではなく「適切なプロセスを踏むこと」です。十分な調査と検討を経た上で、リスクを取る判断をすることは何ら問題ありません。

むしろ、経営者がリスクを取る判断を避け続けることのほうが、会社にとっては大きなリスクになりかねません。成長機会を逃し、競合に後れを取り、結果として会社の価値を毀損してしまうことこそ、善管注意義務の本質に反する可能性すらあります。

平

攻めた判断をする上でも、役員個人のリスクを軽減する仕組みがあることで、本来取るべき意思決定に集中できるようになります。善管注意義務を過度に恐れて消極的になるのではなく、D&O保険という備えを持った上で、合理的なプロセスを経て積極的な経営判断を行ってください。

D&O保険は善管注意義務への備え

善管注意義務違反は、D&O保険の主要な補償対象です。役員が善管注意義務違反を理由に損害賠償を請求された場合、D&O保険によって損害賠償金と弁護士費用が補償対象となるのが一般的です。

項目D&O保険の対応
損害賠償金補償対象
弁護士費用補償対象

ただし、悪質な故意性が認められる場合は、補償対象外となることがあります。例えば、意図的に不正を行っていた場合や、犯罪行為として認定された場合などです。通常の経営判断の範囲内での失敗であれば、D&O保険の補償を受けることができます。

非上場の中小企業であれば年間数十万円程度から加入でき、1億円から5億円程度の補償額を設定するのが一般的です。善管注意義務違反のリスクに備える費用としては、合理的な水準と言えるでしょう。※保険料・補償額は会社の規模や業種、条件によって異なります。保険料は会社が負担するのが一般的で、会社の経費として処理できます。D&O保険の弁護士費用カバーについては役員が訴えられたときの弁護士費用と賠償額の相場も参考になります。

D&O保険の専門家は、サイバー保険とD&O保険を多くのお客さまに案内しています。上場しているかどうかに関係なく、役員個人にリスクがあるという点は変わらないからです。善管注意義務という見えないリスクに備えるためにも、まずは専門家に相談してみましょう。

この記事のまとめ

  • 善管注意義務違反には「これはダメでこれはいい」という明確な線引きは存在しない
  • 判断の「結果」ではなく「プロセス」が合理的だったかどうかが評価される
  • 十分な事前調査、専門家への相談、取締役会での議論、記録の保存が重要な防御手段
  • D&O保険に加入することで、善管注意義務違反のリスクに対する経済的な備えができる

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マネサロくん

善管注意義務違反の明確な基準はありますか?

明確な線引きは存在しません。個々のケースにおいて、判断時点での情報に基づいた合理的なプロセスを経ていたかどうかが総合的に判断されます。

経営判断が結果的に失敗しても善管注意義務違反になりますか?

結果の失敗だけで義務違反と判断されることは通常ありません。判断に至るプロセスが合理的であったかどうかが重視されます。十分な事前調査と専門家への相談を行い、記録を残していれば、責任を免れる可能性が高くなります。

善管注意義務違反を問われないために何をすべきですか?

事前に十分な調査を行うこと、専門家の助言を求めること、取締役会で議論を尽くすこと、そしてそのプロセスを議事録として記録に残すことが重要です。加えて、D&O保険で万が一の経済的リスクに備えておくことが推奨されます。

善管注意義務違反で訴えられた場合、D&O保険は使えますか?

善管注意義務違反による損害賠償請求は、D&O保険の主要な補償対象です。損害賠償金と弁護士費用の両方がカバーされます。ただし、悪質な故意性が認められる場合は補償対象外となることがあります。

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